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スワローズ!応援に使う傘!考案者は半世紀スワローズを愛した男!

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ヤクルトスワローズ
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東京ヤクルトスワローズの応援で絶対に欠かせない物が傘です。

往年のスワローズファンでしたら
ご存知の方もいらっしゃると思いますけど、

なぜ傘が使われているのか?

“すわほー!!”世代のちなヤク、
燕党は知らない方がほとんどではないでしょうか?

その為、
往年のスワローズファンの伝統を継承して頂きたく、

この記事を書くことにしました。

今回は応援に傘がなぜ使われているのか?を中心にご紹介致します。

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スワローズの応援に傘が使われたのはいつから?誰が考案?

ヤクルトスワローズの応援に傘が使われはじめたのは、

1980年代後半からが本格的です。

当時の私設応援団長、岡田正泰さんが考案しました。

往年のスワローズファンの間で神とさえ言われ、

長年スワローズを愛し支え続けた方です。


当時、
神宮球場に行くとライトスタンド前方に、

ガラガラにからした声の岡田さんが必ずいたのを思い出します。


岡田正泰さんは1952年、

まだ『ヤクルトスワローズ』になる前の、

『国鉄スワローズ』創設3年目からスワローズを熱心に応援。


やがて統一感を出す為、

「どこの家にでもある」傘による応援を考案。


自ら家にあったフライパンを太鼓の代わりに鳴り物として使用しました。


当時から、
「応援に金をかけるな、その金をチケットにまわせ」が信条でした。


なぜスワローズの応援に傘なの?

「どこの家にもある」傘とはいえ

傘がなぜ使われたのかと言いますと、

スワローズは東京に本拠を置いていますが、

やはり、読売巨人軍も東京が本拠です。



1972年まではロッテの前身、東京オリオンズも東京、

日ハムも後楽園を本拠地におく東京でしたが、

ファンの数はやはり読売巨人が圧倒的に1番でした。


当然ですが、
スワローズの本拠地明治神宮球場は閑散としていました。


岡田正泰さんが、少しでも神宮球場を盛り上げて、

選手に頑張ってもらおうと考えた策が傘を使っての応援でした。


そこで岡田正泰さんが考えた策の傘ですが、

なぜ傘かと言うと

『傘をひらけばファンが多くいるように見える為!!!』です。


スタンドの少ないスワローズファンをシーズンごと1試合ごと、

「傘を持ち合おうじゃないか!」と呼びかけ、
今の傘応援に繋がっています。


そんな岡田正泰さんは、
2002年7月30日71歳で急逝しました。


岡田正泰さんの応援ポリシーは、

「たとえ大敗しようとファンに楽しんで球場から帰途についてもらいたい。

ファンに喜ばれるというのがオレのポリシーだ。

強制なんかしねぇよ。

応援を楽しむことによりファンがノって、

そのファンの応援で選手をのせられれば、最高じゃないか。な、そうだろ」


岡田正泰さんが急逝してから19年

神宮球場は多数の傘で埋め尽くされています。



2年連続最下位の弱小チームが、

2021年は6年ぶりにペナントをとりました。


高津ヤクルトの強さは本物です。


よほどの事がない限り数年はこの強さが続くと思います。

まとめ

今回ツイッターを通じて

多くの東京ヤクルトスワローズファンとつながる事ができました。

そのみなさんには

スワローズファンの伝統を守りつつ、

プロ野球の発展に貢献していただけたらと思います。


私自身、小学五年生の頃からずっとヤクルトスワローズファンです。

当時ファンクラブに入っていたので
消化試合の内野席は無料で入れました。

ただやはり
岡田さんがいるライトスタンドの方が楽しそうだなと思っていました。


今は気楽に神宮には行けなくなりましたが、
行く機会がありましたらファンのみなさんとすわほー!!したいものです。


では
ここまで読んで頂きありがとうございました。


もし宜しければ私の他の記事も読んでいただけたら幸いです。

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