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スワローズ!応援に使う傘!考案者は半世紀スワローズを愛した男!

この記事は約4分で読めます。

東京ヤクルトスワローズ

応援で絶対に欠かせない物が傘です。

往年のスワローズファンでしたら

ご存知の方もいらっしゃると思いますけど、

なぜ傘が使われているのか?

“すわほー!!”

世代のちなヤク、燕党は

知らない方がほとんどではないでしょうか?

その為、
往年のスワローズファンの伝統を

継承して頂きたく、

この記事を書くことにしました。

今回は応援に傘がなぜ使われているのか?を

中心にご紹介致します。



これらの記事も是非読んでみてください!

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スワローズの応援に傘が使われたのはいつから?誰が考案?

ヤクルトスワローズの応援に

傘が使われはじめたのは、

1980年代後半からが本格的です。

当時の私設応援団『ツバメ軍団』団長、

岡田正泰さんが考案しました。

往年のスワローズファンの間で

とさえ言われ、

長年スワローズを愛し支え続けた方です。


当時、神宮球場に行くと

ライトスタンド前方に、

ガラガラにからした声の

岡田さんが必ずいたのを思い出します^^


岡田正泰さんは1952年、

まだ『ヤクルトスワローズ』になる前の、

国鉄スワローズ』創設3年目から

スワローズを熱心に応援。


やがて統一感を出す為、

「どこの家にでもある傘」による応援を考案。


自ら家にあった

フライパンを太鼓の代わりに

鳴り物として使用しました。


当時から、

「応援に金をかけるな、

その金をチケットにまわせ」が信条でした。

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なぜスワローズの応援に傘なの?

「どこの家にもある」傘とはいえ

傘がなぜ使われたのかと言いますと、

スワローズは東京に本拠を置いていますが、

読売巨人軍も東京が本拠です。


1972年まではロッテの前身、

東京オリオンズも東京、

日ハムも後楽園を本拠地におく東京でしたが、

ファンの数はやはり

読売巨人が圧倒的に1番でした。


当然ですが、スワローズの本拠地

明治神宮球場は閑散としていました。


岡田正泰さんが、

少しでも神宮球場を盛り上げて、

選手に頑張ってもらおうと考えた策が

傘を使っての応援でした。


そこで
岡田正泰さんが考えた策の傘ですが、

なぜ傘かと言うと

『傘をひらけば
ファンが多くいるように見える為!!!』です。


スタンドの少ないスワローズファンを

シーズンごと1試合ごと、

傘を持ち合おうじゃないか!」と呼びかけ、

今の傘応援に繋がっています。


そんな岡田正泰さんは、

2002年7月30日71歳で急逝しました。


岡田正泰さんの応援ポリシーは、

たとえ大敗しようと

ファンに楽しんで球場から帰途についてもらいたい。

ファンに喜ばれるというのがオレのポリシーだ。

強制なんかしねぇよ。

応援を楽しむことによりファンがノって、

そのファンの応援で選手をのせられれば、

最高じゃないか。な、そうだろ!?


岡田正泰さんが急逝してから20年

神宮球場は多数の傘で埋め尽くされています。



2年連続最下位の弱小チームが、

2021年は6年ぶりにペナントを取り、

2022年はリーグ2連覇しました。


高津ヤクルトの
強さは本物です。


よほどの事がない限り

数年はこの強さが続くと思います。

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まとめ

今回ツイッターを通じて

多くの東京ヤクルトスワローズファンの方々と

つながる事ができました。

そのみなさんには

スワローズファンの伝統を守りつつ、

NPBの発展に

貢献していただけたらと思います。


私自身、小学五年生の頃からずっと

ヤクルトスワローズファンです。

当時ファンクラブに入っていたので

消化試合の内野席は無料で入れました。

ただ、やはり岡田さんがいる

ライトスタンドの方が楽しそうだなと

思っていました。


今は気楽に気軽に神宮には行けなくなりましたが、

行く機会がありましたら

ファンのみなさんと

すわほー!!

したいものです。


では
ここまで読んで頂きありがとうございました。


もし宜しければ

私の他の記事も読んでいただけたら幸いです。

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